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2017年

6月

27日

不明の絵師 蝸堂の作品を追加した。

2017年

1月

22日

DropboxがHTMLコンテンツのレンダリングを終了。

昨年の9月にメールで案内が来ており、10月3日から反映されていたのだが、やっとどういうことになるのか実感した。日清戦争錦絵美術館と西南戦争錦絵美術館の各ページには以下のようなリンクが貼ってあって、そこから、ドロップボックスに保存した拡大画像に飛べるようにしていた。

細部を見るにはこちらからどうぞ。


 これが、全て機能しなくなるということ。リンクには飛ぶのだが拡大エフェクトが使えないどころか、画像すら見えなくなってしまっている。タイトルだけが表示されるという状態で、とんでも無いことになってしまった、というのが実感だ。御届情報や記事などウェブ上でも見ることができるよう、拡大画像を表示するのに便利な存在だったのだが、今ではどうしようもない。

 Jimdoは元の画像が大きければ、クリックで大きく表示できるが、古い作業データを大きい画像に変えて行くのは現実的では無いし、今後の追加して行くデータは大きいものでやって行くとしても、古いデータはどうしたものだろう。レンタルサーバーを借りてやって行く手もあるが、それなら、Jimdoを使う理由もないわけで、少し困っている。

 方針を決めてから、リンクを変更していきたいので、今のところは、このままにしておきます。クリックしてくれた人にはご迷惑をおかけします。

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2017年

1月

20日

日清戦争錦絵リスト化完成! 現在198点を公開中。

 日清戦争錦絵のデータベース化をめざして、この日清戦争錦絵美術館を開設したわけだが、リスト化がなかなかできないでいた。やはり絵師ベースで作品をリスト化してそのリストを総括するのが、一番のやり方と判断して、作業を進めた。異版は1つの作品とみなして、重複して数えてはいない。2017年1月現在、198点となった。今後作品を追加して行くごとにこのリストも増えて行くことになる。

 

 現状では、国立国会図書館、静岡県立中央図書館、大英博物館、などをまとめることができたが、大英博物館から大英図書館へ委託された分(こちらの方が大量だが)は「描かれた日清戦争 〜錦絵・年画と公文書〜というインターネット特別展で公開されよくまとまっているので、照合作業は行なっていない。将来的には必要になるだろう。

 

 現在の作業は、すでにデータをいただいている函館市立中央図書館の作品群を整理追加して行くことと、スミソニアン博物館がその収蔵品をパブリックドメインとして、自由な使用を認めているので、これを整理追加して行くことを中心に進めたいと思っている。また、絵師の中には西南戦争錦絵を描いた人物もいるわけで、西南戦争140年の今年はその連続性にも注目して、このページと西南戦争錦絵美術館との連携もより強化していきたい。

 

 以下、絵師別作品数一覧を記載する。

No.

絵師

作品数

備考

1

小林清親    

27

 

2

安達吟光  

9

 

3

歌川国貞(三代)

2

 

4

歌川國輝(三代) 

3

 

5

梅翁国利   

3

 

6

歌川国虎    

4

 

7

歌川国政(小国政)

29

 

8

尾形月耕  

8

 

9

尾形月三   

0

 

10

土屋光逸   

1

 

11

香朝楼

 

 

12

永島春暁  

2

 

13

藤岡隆章  

1

 

14

楊洲周延    

15

 

15

幽斎年章    

2

 

16

水野年方    

9

 

17

右田年英    

13

 

18

年昌      

1

 

19

進斎年光     

10

 

20

楊斎 延一    

31

 

21

延重       

1

 

22

梶田半古

1

 

23

田口米作

3

 

24

豊斎光方    

2

 

25

歌川芳豊     

1

 

 

 

 

 

 

作者不明     

20

 

 

 

 

 

 

作品数小計

198

 

 
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2016年

8月

14日

『H013日本海軍大勝利鴨緑江口海戰』を追加した。

 函館市中央図書館蔵『H013日本海軍大勝利鴨緑江口海戰』を追加した。

 鴨緑江口海戦とは黄海海戦のことで、ここに描かれているような敵前上陸はなかったと思われるが、近景に人物のほしい絵師が想像をたくましくしたものだろう。

 この作品は江戸東京博物館に3枚の異版が収蔵されており、インターネットで画像を見ることができる。こちらからどうぞ。

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2016年

8月

10日

函館市中央図書館所蔵H008-H012を追加した。

H008日本大捷九連城激戰圖

進斎年光の作品。この福島年光という絵師のことを調べて、はっきりしないまま半年あまりたってしまった。そのうちまとめてみたい。

H009晩秋夜大激戦図九連城総攻撃』(函館市中央図書館による仮題)

清親の得意な夜景だが、タイトルが間違っている。大英図書館に異版が有り、そこで『金州城落城之圖』というタイトルが確認できる。

H010支那北京之景

北京の中央紫禁城の裏山景山を描いた図。戦争錦絵といえるのかどうか微妙なところだが。

H011我兵鴨緑江を渡る図』(函館市中央図書館による仮題)

田口米作による作品。タイトルは多分間違っているが、さて、本当はなんなのかが追いきれていない作品。

H012海洋島沖西京丸奮戰之圖

国会図書館と大英図書館に異版がある作品。

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2016年

2月

02日

西南戦争錦絵美術館に スミソニアン博物館蔵『FS003征討御會議之圖』を追加した。

 西南戦争錦絵美術館にスミソニアン博物館蔵『FS003征討御會議之圖』を追加した。英語タイトルは『FS003Meeting on Subjugation [of Rebels in Kyushu]』である。明治天皇を名指ししない配慮の上画面に書き込んでいる。中図の右上の人物であるが、この人物だけ身分・役職と名前の表記がない。

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2016年

1月

21日

「H007我将校軍議ヲ開キ鳳凰城ヲ破ル」を追加した。戦闘がなかった戦いの戦闘情景とは?

H007我将校軍議ヲ開キ鳳凰城ヲ破ル」を追加した。前線の戦闘を窺いながら軍議を行う将校たちの図である。

 

 前線で指揮をとるのが立見少将。後方で見るのが佐藤大佐、武田中佐は振り返って気にしている。馬上の福島中佐も双眼鏡で戦況を窺っている。卓上の地図を囲んで軍議に当たっているのが桂中将と大島少将、山縣大将、野津中将という構図である。鳳凰城を攻撃した第五師団は師団長野津道貫で第9旅団と第10旅団で構成されていた。第9旅団は大島義昌少将が旅団長で、広島の第11連隊(西島中佐)と浜田の第21連隊(武田中佐、11月に大佐に昇進)からなる。また、第10旅団は立見尚文少将が旅団長で、丸亀の第12連隊(友安大佐)、松山の第22連隊(富岡大佐)で編成されていた。

このことから、この画での視界内に登場していいのは、以下の人物だけとなる。

 また、清国側の大将宋慶は穀軍の統領で九連城で葉志超に変わって指揮をとっていたが、10月26日に日本軍が無血入城した。次の目標である鳳凰城も10月29日の攻撃時には城から火の手が上がっており、清兵は撤退した後であった。その後、旅順陥落後(11月22日)は営口防衛に当たっていたとのことなので、12月1日からの第三師団(桂中将)の海城攻撃を防衛していたようだ。この画の時点で鳳凰城から退却していたのであれば、この画でこそ敵将が逃げる姿を描くべきであったろう。

 

右図:大将宋慶、立見少将(◯)

中図:佐藤大佐(豊橋の18連隊長平壌→海城→牛荘か)、武田中佐(◯)

左図:桂中将(第3師団長平壌→大孤山→海城→牛荘か)、福島中佐(第一軍参謀)、大島少将(◯)、山縣大将(第一軍司令官)、野津中将(◯)

 

◯をつけた、4名のみが、現場に登場していいわけだが、戦闘がなかった戦い(変な表現だが)ということなので、この画題自体がそもそも史実とはかけ離れたものである。これこそが日清戦争錦絵の最大の特徴であるといっていい。

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2016年

1月

17日

「H005連勝倭魄輝天下我軍鳳凰城破」「H006神國名誉奇談」を追加した。

 函館市中央図書館蔵「H005連勝倭魄輝天下我軍鳳凰城破」を追加した。タイトル検索でも画像検索でもヒットしなかった。貴重な1枚と言えるだろう。

 「れんしょう やまとだましいてんかにかがやき わがぐんほうおうじょうをやぶる」と読むのだろう。

 函館市中央図書館蔵「H006神國名誉奇談」を追加した。023神國名誉奇談(国立国会図書館蔵)をはじめとして、大英図書館、オークションサイトなど、多くの異版が存在している。

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2016年

1月

16日

「H004清軍之将葉志超朝鮮官妓携敗走之図」を追加した。

H004清軍之将葉志超朝鮮官妓携敗走之図」を追加した。平壌の守りの総司令官が、城を捨てて配送する場面を描いたものだが、近代戦の現実とはかけ離れたもののようだ。同じ右田年英の作品「H002掩撃鏖殺平壌略取の図」6枚続の内、この美術館に収録していない左側三枚に同じ主題の葉志超将軍の平壌からの敗走が描かれている。こちらでは馬上で戦闘しながらの敗走である。清国軍の色鮮やかな軍服や、落ち延びていく美人というのは、リアルというよりは絵師が描きたい、また、描きやすいテーマだったのではないだろうか。

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2016年

1月

15日

「H003平壌ノ戰ニ於テ敵数百人生捕我軍大勝利ノ圖」を追加した。

残念ながら、作者の名前が読み取れなかった。函館市中央図書館でもわからないようだ。

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2016年

1月

15日

「H002掩撃鏖殺平壌略取の図」 は六枚続の半分である。

H002掩撃鏖殺平壌略取の図」えんげきおうさつ へいじょうりゃくしゅのず

を追加した。掩撃えんげきとは小部隊で敵を急に襲うこと、不意打ちのことであり、鏖殺おうさつとは皆殺しにすることである。

 画像検索をすると、ディーラーに3点(The Art of Japanに1点、原書房に2点)オークションハウス(Asian Collection Internet Auction)に1点、メトロポリタン美術館に1点、オーストリア応用美術博物館に1点、の合計6点がヒットした。最初の4点は販売品であり、現在の所属は不明だが、画像だけは残っているので、Ukiyo-e Search にて見ることができる。

http://ukiyo-e.org/image/met/DP146888

 

 このうちThe Art of Japanとメトロポリタン美術館の作品は六枚続であり、The Art of Japanによると海戦ではなく陸戦では珍しい六枚続だとの解説がある。

 メトロポリタンのオンラインコレクションで見ると以下の通り。

http://www.metmuseum.org/collection/the-collection-online/search/55121

「向處無敵 平壌陥落」

There Stands No Enemy Where We Go: Surrender of Pyongyang from a series on the Sino-Japanese War (Mukau tokoro tekinashi: Heijō kanraku)

Artist: Migita Toshihide (Japanese, 1863–1925)

Period: Meiji period (1868–1912)

Date: Meiji 27 (1894)

Culture: Japan

Medium: Set of six polychrome woodblock prints; ink and color on paper

Dimensions: Image (each): 13 1/2 × 9 1/8 in. (34.3 × 23.2 cm)

Classification: Prints

Credit Line: Gift of Lincoln Kirstein, 1959

Accession Number: JP3177a–f

このようにタイトル部分に未詳の解説がある。

 函館市中央図書館の右図と中図の間の空白は、それぞれの図がトリミングされている。異版で欠落部分を見ることができる。トリミング状態は、メトロポリタン美術館所蔵品が一番欠落が少ない。

 英語タイトルはまちまちだが、オーストリア応用美術博物館のものが良さそうだ。メトロポリタン美術館のシリーズタイトル「向處無敵 平壌陥落」は不詳。

それぞれのタイトルは以下の通りである。

 

The Art of Japan(ディーラー): Battle of Heijo (Pyongyang) 

原書房(ディーラー):A scene of Sino-Japan war, triptych, 1894

Asian Collection Internet Auction(オークションハウス):Battle of HEIJO (Pyongyang)

メトロポリタン美術館:右側Collapse and Subjugation 左側Subjugation and Seizure シリーズタイトルThere Stands No Enemy Where We Go: Surrender of Pyongyang from a series on the Sino-Japanese War (Mukau tokoro tekinashi: Heijō kanraku)

※シリーズタイトルは未確認。

オーストリア応用美術博物館:Occupation of Pyöngyang

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2016年

1月

03日

「H001朝鮮平壌日本大勝利之圖」を追加した。

函館市中央図書館蔵「H001朝鮮平壌日本大勝利之圖」を追加した。「066朝鮮平壌日本大勝利之圖」の異版である。また、ウェブ上のバブリックドメイン美術館にも収録があった。下図を参照ください。

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2015年

12月

20日

S055威海衛陥落北洋艦隊提督丁汝昌降伏ノ圖 (静岡県立中央図書館蔵)を追加した。

右田年英作「S055威海衛陥落北洋艦隊提督丁汝昌降伏ノ圖」(静岡県立中央図書館蔵)を追加した。清国海軍の顧問武官である西洋人の姿も見える。

国立国会図書館、野田市立図書館、フィラデルフィア美術館などに異版があり、いずれも、ウェブ上で見ることができる。

 静岡県立中央図書館の日清戦争錦絵はこれですべてとなる。全55作品がリストアップされたが、この後は、少し間をおいて、日露戦争錦絵をご紹介していこうと思う。

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2015年

12月

14日

函館市中央図書館より提供していただいた画像を整理した。

函館市中央図書館所蔵の戦争錦絵の使用許可を得たので、順次公開していく。


日清戦争錦絵115点(2枚の壬午事変作品と1枚の明治24年の二重橋を画題とした

作品を参考作品として含めた。)

北清事変錦絵2点

日露戦争錦絵52点


合計169点である。下に日清戦争錦絵のみの作品リストをお示しする。

タイトルに付加したHは函館のHで、作品順は函館市の整理番号順とした。






タイトル 絵師

H001朝鮮平壌日本大勝利之圖 小国政

H002掩撃鏖殺平壌略取の図 応需 年英 画 印

H003平壌ノ戰ニ於テ敵数百人生捕我軍大勝利ノ圖 梅林宗筆→梅堂筆か?

H004清軍之将葉志超朝鮮官妓携敗走之図 応需 年英 印

H005連勝倭魄輝天下我軍鳳凰城破 國輝 印(岡田)

H006神國名誉奇談 楳堂 小国政 印(梅堂)

H007我将校軍議ヲ開キ鳳凰城ヲ破ル 応需 楊斎延一 画 印

H008日本大捷九連城激戰圖 応需 年光 印(秋田石山房)

H009晩秋夜大激戦図九連城総攻撃(仮題) 清親

H010支那北京之景 豊原國輝 画 年玉印

H011我兵鴨緑江を渡る図 (仮題) 米作

H012海洋島沖西京丸奮戰之圖 清親 印(清 親)

H013日本海軍大勝利鴨緑江口海戰 楊斎延一 筆(年玉印)

H014海洋嶋快戰之圖 楊洲 周延

H015大日本大勝利海洋嶌大海戰之圖 応需 蝸堂

H016海軍将校等征清の戰略を論する圖 応需 年方 絵 印

H017我軍大挙シテ臺南府ヲ圍ム劉永福之根拠ヲ陥ル 月耕 印(月耕)

H018威海衛附近登州府降雪激戦之図 小国政 印

H019根津砲兵大尉飯田海軍大尉 吟光 印(下手横好)

H020山地中将率第二軍上陸金州半島之図 清親 印(清親)

H021淺川騎兵大尉雙臺溝附近水師營二敵ノ大軍ト戦ヒ殊功ヲ樹ツ 応需 年英 筆 印(悟斎印)

H022大寺少将戦死の図(仮題) 清親

H023大寺少将奮戦図(仮題) 清親 印

H024第一軍之斥候摩天嶺探検之圖 米作製 印(彫弥太 印刷万)

H025草河口附近日陣遠望満州騎兵異相出陣之圖 米作 印(乍)

H026金州捷戦小野口工兵奮勇之圖 担哉之印

H027上等兵小野口德重金州城陥落之圖 小国政

H028臺灣太姑陥草賊抵抗之圖 清親 印(清親)

H029金州城攻撃之圖 吟光

H030澎湖島占領佐久間大尉吶喊之圖 応需 年英 筆 印(悟齋印)

H031九連城大戰 小国政 印

H032媾和使李鴻章談判之圖 清親 印(清 親)

H033平壤激戰左寳貴以下生擒之圖 応需 楊斎延一 筆

H034朝鮮王城大院君参殿ノ圖 楊斎延一 筆 印(楊斎)

H035平壌激戰我軍大勝利之圖 清親

H036日本萬歳平壤之凱歌 清親 印(清 親)

H037榮城灣上陸后之露營 清興

H038第二師團長佐久間中将榮城府攻撃而占領之圖 応需 楊斎延一 画 印(楊斎)

H039社會幻燈百撰百笑◯兵士の歸村 清親 印

H040社會幻燈百撰百笑◯老耄の航海  清親

H041社會幻燈百撰百笑◯手柄ばなし  清親 印

H042社會幻燈百撰百笑◯山師の笑談  清 親(印のみ)

H043社會幻燈百撰百笑◯開化振 清親(印 清 親)

H044日本萬歳百撰百笑◯御注進御注進  清親(印 清 親)

H045日本萬歳百撰百笑◯奉天府の荷厄介  清親(印 清親)

H046日本萬歳百撰百笑◯退将の泣別れ  清親 印(清)

H047日本萬歳百撰百笑◯案山子に驚く  清親 印(小林)

H048日本萬歳百撰百笑◯御敗将  清親 印

H049日本萬歳百撰百笑◯ちやんちやんの膽潰し  清親 印(清)

H050日本萬歳百撰百笑◯おか支那兵士  清親 印

H051平壌城之劇戦立見少将之一隊 不明

H052其初朝鮮発端 てうせんほつたん 応需 吟光 下手横好印

H053平壌攻撃我軍敵壘ヲ拔ク 応需 年方 繪 印(雁齋)

H054平壌陥落右翼兵大功之圖 圓活 画 印

H055平壌激戰四圍進撃圖 楊洲画徒 延保 画 印(延保)

H056大洞江ニ川崎軍曹大功圖 晴洲 繪 印

H057日清牙山争激之圖 豊原國輝 御写? 年玉印

H058朝鮮國牙山大日本陸軍大勝利之圖 楊洲周延

H059朝鮮安城渡ノ激戰之圖 楳堂 小国政

H060平壌大激戰帝國大勝利 小国政

H061膺懲義戰 最新歴史 応需 年英 印(年英)

H062大鳥公使韓庭談判之圖 楊斎延一 畫 年玉印

H063朝鮮京城之小戰 小国政 印

H064朝鮮京城戰爭日本兵大勝利圖 幾英 画

H065朝鮮豊島海邊ニ於ル日清海戰我軍大勝利之圖 清親 印

H066大日本ト清国ト海軍大戰争 不明

H067朝鮮豊島海戰之圖 清親 印(清 親)

H068平壌激戰落城之圖 応需 楊斎延一 筆

H069牙山追撃日清兩軍成歓大激戰之圖 秋香 画 印(榮? 園)

H070斥候鬼武内中和於奮戦(仮題) 米作 印(米作)

H071平壌大激戰日本軍大勝利 梅寿 國利 畫 印

H072平壌大洞門攻撃 不明

H073清軍敗走軍器分捕之圖 応需 楊斎延一 畫 印(楊斎)

H074日軍平壌大捷之圖 月耕 印

H075日本大勝利平壌落城ノ圖 楊斎延一 筆(年玉印)

H076朝鮮事件 (参考作品:壬午事変) 楊洲斎周延 筆 年玉印

H077花房公使朝鮮國應接之圖(参考作品:壬午事変) 東洋齋 斐章 画

H078日清海戰帝國大勝利 香朝楼 筆 國臣補助 年玉印

H079我陸軍平壌の大勝利 孟斎 春暁

H080朝鮮京城大鳥公使大院君ヲ護衛ス 楊斎延一 筆

H081威海衛進軍配置之圖 清親 印(清親)

H082我軍占領榮城灣上陸之圖 清親 印(小林清親)

H083皇居二重橋ノ圖(参考作品:明治24年) 楊洲 周延 筆

H084威海衛海軍攻撃之圖 揚洲画徒 延保画 年玉印

H085休戰軍使 応需 年方 繪 印(年方)

H086連勝倭魄輝天下 田庄䑓焼打之圖 國輝 印(岡田)

H087牛荘附近激戰之圖 辰齊 年秀 印

H088牛荘城附近図(仮題) 清齊 宣親 印

H089牛荘雪中大激戦之図(仮題) 清親 印(清親)

H090奉天府遠望日軍露営之図 米作

H091請和使談判之圖 光逸 印(光)

H092清國北洋艦隊於威海衛全滅遂提督丁汝昌我海軍敵不能於官宅自殺圖 応需 年方 繪 印(應齋年方)

H093日清戰爭忠勇美鑑 第一師團一等工兵小野口德次氏 米作 印(米作)

H094日清戦爭忠勇美鑑 陸軍大尉 松﨑直臣氏 印(米作)

H095日清戰爭忠勇美鑑 陸軍少将 大島義昌氏 印(米作)

H096日清戦争忠勇美鑑 海軍中将 樺山資紀氏 印(米作)

H097我軍の夜襲(仮題) 清親 印(清親)

H098威海衛陸海攻撃之圖 年章 繪 印

H099第二軍旅順口攻撃圖 四弁花の印のみ

H100我軍威海衛占領之圖 楊洲周延

H101臺灣雞籠大激戦 楳堂 小国政

H102清進軍引揚之圖 精三

H103凱旋御着輦之圖 応需 楊斎延一 画

H104征清軍休戰野營之夢 眞生 印(清親)

H105䑓湾附近澎湖嶋占領之圖 応需 楊斎延一 画 年玉印

H106威海衛敵艦沈没之圖 歌川國虎 画 年玉印

H107我混成枝隊澎湖島占領之圖 楊斎延一 画

H108日清海戰之圖 応需 楊斎延一 筆 年玉印

H109田荘臺戦闘之圖 応需 楊斎延一 筆 印(楊斎)

H110我軍劉公嶋攻撃之圖 応需 楊斎延一 筆 年玉印

H111第二軍旅順口占領之圖 応需 國臣 筆

H112第二軍威海衛背面大攻撃 不明

H113澎湖嶋占領之圖 応需 楊斎延一 筆

H114帝國萬歳 我軍威海衛之清兵撃退之圖 応需 楊斎延一 筆 印(楊斎)

H115我北進軍隊清兵ヲ襲撃シテ黄州城ヲ乗取ル 桜琳? 筆 印(丸に空)




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2015年

11月

19日

「S054征淸美談名譽鑑 竹内少尉」を追加。

静岡県立中央図書館蔵、尾形月耕作「S054征淸美談名譽鑑 竹内少尉」を追加した。

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2015年

11月

18日

「S053征淸美談名譽鑑 小野口徳次」を追加。

 尾形月耕作「S053征淸美談名譽鑑 小野口徳次」を追加した。発行者情報の一部が失われているが、「043 日清兵於牙山戰争ノ圖」「074 平壌大激戰之圖」そして、次に紹介する「S054征淸美談名譽鑑 竹内少尉」の住所の情報から、横山良八で間違い無いだろう。

英文のタイトルが付いており、Onoguchi Tokuji Biowing up the Gate at Kinshu(chin-chou).とある。

Biowingは多分Blowingだろう。

 小野口徳治は、白神源次郎・木口小平・川崎伊勢雄・原田重吉などと同じく、日清戦争でその武勇を賞賛された代表的な人物の一人である。1894年11月6日の金州城攻略を描いた錦絵は、他に

「098金州城撃戦」安達吟光

「099金州城攻撃工兵小野口徳治城門破壊図」水野年方

「100金州城永安門陥落之図 上等兵小野口徳治」小林清親

がある。


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2015年

11月

03日

「S052請和使談判之圖」を追加した。

 静岡県立中央図書館蔵「S052請和使談判之圖」を追加した。この絵の異版が函館市中央図書館に保存されている。静岡県立中央図書館所蔵の日清戦争錦絵はそろそろ先が見えて来たので、次は函館市中央図書館蔵の100点以上と思われる日清戦争錦絵を紹介していく予定である。平行して、日露戦争錦絵をどのように展開するかを考慮中。

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2015年

9月

18日

「S050」「S051」を追加。


S050金州城占領之圖」「S051大元師陛下凱旋御着京圖(ママ 元師は正しくは元帥である)」の2作品を追加した。

 後者は常備第二大隊旗(赤黒の波線の旗)を掲げる第二大隊を従え明治天皇が凱旋している様子を描いた図である。白赤の三角形の旗は不明。明治28年に発行された「新体軍人用文」によると下に示す図の様に各種の旗が紹介してある。単色の印刷なので分かりにくいが、常備第二大隊旗は上の波線が赤、下の波線が黒である。後備第二大隊旗の場合は上下の色が逆になっているようだ。

 S049と同じ画題であるが、S049で将校が掲げている天皇旗は現在の天皇旗と同じ様なデザインで、「新体軍人用文」の挿絵の旗とは違うようである。複数のデザインがあったのだろうか?

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2015年

9月

09日

「S049大元帥陛下御着奉迎門之圖」を追加した。

S049大元帥陛下御着奉迎門之圖」を追加した。天皇旗を掲げた馬上の将校に先導されている天皇の馬車。馬車の中に明治天皇がはっきりと描かれている。

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2015年

8月

26日

「S048清國旅順港圖」を追加した。

静岡県立中央図書館所蔵「S048清國旅順港圖」を追加した。

左図の水平線上に朝鮮義刕(州)とあり朝鮮半島が見えていることになるが、地理的な位置関係がおかしい。さらに距離的には伊勢の二見浦から富士山を見るより遥かに遠い様で現実的な絵柄とはいえないだろう。

大迫大将の記念碑

 右図にある大迫少将とは大迫 尚敏(おおさこ なおはる 1844-1927)のことで薩摩出身の陸軍軍人である。戊辰戦争、西南戦争、日清戦争、日露戦争と従軍し、最終階級は陸軍大将。弟に大迫尚道陸軍大将がいる。

 出生地の鹿児島市冷水町に兄弟の生誕記念碑がある。碑文には「陸軍大将 子爵 大迫尚敏 陸軍大将 大迫尚道 誕生地記念碑 陸軍大将 菱刈隆 書 昭和十二年六月有志者建之」とある。

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2015年

8月

13日

「S047日新撰想擬の朝鮮」を追加した。

香朝楼 画 「S047日新撰想擬の朝鮮

明治28年に上演された歌舞伎の外題であろう。

 画中に38人の実在の役者名が記載してあるので、おそらくは歌舞伎の外題であろう。團十郎、菊五郎、左團次をはじめとするオールスターが登場している。背景の軍艦には当時の劇場8座の名が冠されている。実際に上演されたのかどうかは未確認である。

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2015年

7月

25日

「S046我艦隊清艦を捕獲する圖」静岡県立中央図書館所蔵作品を追加。

静岡県立中央図書館所蔵作品「S046我艦隊清艦を捕獲する圖」を追加した。異版が国立国会図書館に収蔵されている。「010我艦隊清艦を捕獲する圖」である。

函館市中央図書館より提供を受けた100点以上の戦争錦絵を現在整理中。近々ご紹介していきたい。

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2015年

7月

11日

S045我陸軍工兵大同江ニ舩橋ヲ造リ敵ノ對岸ニ至ル日本兵大勝利之圖を追加。

静岡県立中央図書館所蔵作品「S045我陸軍工兵大同江ニ舩橋ヲ造リ敵ノ對岸ニ至ル日本兵大勝利之圖」を追加した。この作品は、国立国会図書館の「061」の異版である。

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2015年

7月

10日

「S043鳳凰城總攻撃之圖 」「S044日本大勝利九連城陷落」を追加。

左が「S043鳳凰城總攻撃之圖」

右が「S044日本大勝利九連城陷落」共に静岡県立中央図書館の所蔵品である。

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2015年

6月

23日

「S042牙山凱旋歓迎之圖」を追加。

 左側に作られた凱旋門の中で出迎える朝鮮の政治家は國王使・李允用、機務處員 鄭敬源とある。


 李允用(1854~1939)は李氏朝鮮末期の親日派の政治家。李完用の兄。

 鄭敬源(ジョンギョンウォン 1851〜1898)は 李氏朝鮮末期の中央官僚で東学党の乱が勃発すると湖西宣撫使となる。甲午改革で軍國機務處の会議員に選出され、続いて金弘集内閣の法務協辦となった。「峽遊日記」の著作が有る。


参考 「大河の釣り人」http://www.geocities.jp/nkks437758/kn_b4.html#danshaku4


http://www.dbpia.co.kr/Journal/ArticleDetail/3229504

http://www.yuniljung.com/man/kyungwon.htm#요약

明治27年(1894) 9月 10日付けの大阪毎日新聞

また、鄭敬源に関して、明治27年(1894) 9月 10日付けの大阪毎日新聞には

 

9月10日

韓廷復た宣撫使を派遣す 曩きに東學黨宣撫使

として忠淸道に派遣せられたる學務協辨鄭敬源は

未だ歸京する能はざる由なるが東學黨蜂起の傾向 

あるは獨り忠淸道のみに止まらず全羅、慶尙の兩

道にも續續發生せんとするの形勢あるより朝鮮政

府は鄭敬源一人にて行屆かざるべきを察し更らに

慶尙道の宣撫使として議政府都憲李重夏を差遣す

ることとなりたり右に就き議政府が國王殿下に上奏

せしものを見るに

湖西(忠淸道を云ふ)宣撫使鄭敬源、向以三南(忠

淸、全羅、慶尙の三道を云ふ)兼差、而見今事勢

有難兼行三道、更以兩湖(忠淸、全羅を云ふ)宣

撫使改付標、嶺南(慶尙道を云ふ)宣撫使、別

以都憲李重夏差下、使之馳往、宣布朝廷德意、

仍察吏鄕贓否民生疾苦、一體登聞事分付何如

卽ち向きに派遣せし宣撫使鄭敬源は忠淸、全羅、

慶尙の三道の宣撫使を兼行する筈なりしも今回改

めて忠淸、全羅兩道のみの宣撫使とし慶尙道には

別に李重夏を以て宣撫使として差遣することを上

奏せしなり然るに國王殿下は傳して曰く

當下綸音矣

此綸音とは卽はち詔勅を云ふなり李重夏は該綸音

を奉じて將に慶尙道に派遣せらるべしと云ふ 

 

とある。

http://www.e-donghak.go.kr/sa/listDetSa.jsp?pLevel=3&pDatabaseID=prd_0137&pRecordID=prd_0137_071 より引用

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